病気になった当時の心境

今でこそPCに向かって当時のことを文章にすることができているが、病気になった当初は頭痛もするし吐き気もするし、おまけに文章を読む事自体が大変な作業だった。短期間の内に上場と病気を同時に経験して、様々な感情が混ざり合って、当時の心境を表現するのは難しい。

それでも一番強い感情としては「申し訳ない」という気持ちだった。IPO後の重要で多忙な時期に病気になって働けなくなってしまい、同僚やステークホルダーの方々に大きな迷惑をかけてしまった。肝心要の重要な局面で仕事ができなくなった罪悪感と、体調を崩して一線を退かざるをえない挫折感、病気を克服できるのかという不安感。上場は事業拡大の一つの大きなマイルストーンなので、当然喜ばしいことではあるはずなのに、それよりも挫折感などの負の感情が勝っていた。

そんな挫折の中でも、自分の将来に明るい展望を見いだせれば、少しは気が楽だったとは思う。しかし、病気になって当初は病気についての知識も少ないし、正常な思考力が失われているので、「2度と働けなかったらどうしよう」という不安が強かった。明るい展望を描くどころではない状態だった。

 

療養生活での体調と心境の変化

同じメンタル疾患で苦しんでいる、あるいはこれから苦しむかもしれない人たちの参考になればと思うので、僕がどのような療養生活を送って心身を立て直していったかは別の機会に詳しく書きたいと思う。

結論から言うと、受けうる限りの治療を受け、できるかぎりの健康法をしっかり実施することで、徐々にではあるが、着実に元の健康の状態に回復することができた。むしろ、徹底した健康管理の継続で、以前よりもずっと健康な状態になれていると思う。

そういった健康管理が実を結んで、病気の症状が緩和されていく過程で、徐々に活力も回復してきた。もちろん、療養中にも生活の中で様々なイベントがあって、それによって気分の浮き沈みや症状の再発などが多々あった。それに影響されて「やっぱりダメかも」とか「こんなに回復に時間がかかるのか・・」とか、落胆することもあったけれど、長い目でみれば右肩上がりに体調は改善していって、それに伴って精神的にも前向きな気持が芽生えていった。

 

当時の自分に言いたいこと

体調が戻って、時間も経って、今ではようやく当時の自分を客観視する余裕がうまれてきた。もし当時の自分にアドバイスするとしたら何を伝えるだろう。ということを考えてみた。

 

1.寝ろ!寝ろ!寝ろ!

1つだけ挙げるとしたらこれかな。もうね、本当に寝なきゃダメ。昔から寝ないとパフォーマンスが落ちることは自覚していたはずで、最低でも6時間は睡眠時間を確保してたはずなのに。重要な局面だからといって、そこを削ってはダメ。削るのは無駄な仕事、あるいは優先順位の低い仕事。

 

2.お前がいなくても会社はまわってるぞ!

2つめはこれ。言いづらいけど、悲しいことに自分がいなくても会社は回ってる。自分のことを「替えが効かない」存在だと思ってたらダメ。実際はそんなことないんだから、疲れてたら休む。体調悪かったら休養する。自分にしかできない仕事なんてほとんどない。他の人にまかせた仕事が期待を下回っても、それが今の自分と会社の現実だ、受け入れないと。思い切って周囲に頼ったほうが、人が育って後々楽になるものだ。

 

3.もっと気楽にやれよ。それができなくて誰か死ぬの?

これを当時の自分に言っても聞く耳を持たないと思うけど。「寝る間を惜しんでやったあの仕事、できなかったら誰かの生死にかかわるの?」と問いたい。「病気になるリスクをおかしてまでやるべきことだった?」と。普通の感覚であれば、一生懸命とはいえ鬼のように必死の形相の人から、僕はサービスを受けたいと思わない。

 

4.仕事ばっかりやってて、今死んだら後悔するんじゃない?

未来のために今を犠牲にしすぎてたのかもしれない。もしあの時死んじゃってたら絶対後悔したと思う。もっと「今」を楽しまないと。たまには早く会社を出て、土日も休んで、旅行に行って、気楽な気持ちで仕事に臨めばよかった。

 

もし読者の中で「当時の僕」と重なる部分がある人は、まず「寝ること」。次に、一週間ぐらい休暇をもらって、旅行に行くことをオススメしたい。僕と同じように多くの人が、一週間会社を不在にしても「誰かの生死にかかわる」ことにはならないだろうし、それでも多分会社は回ってる。

 

ただ実際、自分がそうであったように「渦中」にいる人ほど、こういう声は届きにくい。「お気楽なこと言ってんじゃねーよ」とか「俺の立場じゃないからお前にはわからないだろ」とかって思ってしまうからだ。

 

今の心境

2年経ってようやくプラス思考で当時の失敗をとらえ直すことができてきた。

病気になったことで自分自身かなり苦労したし、多くの関係者に迷惑をかけてしまったので、100%ポジティブに考えることは当然できないけど。自分の人生の中でも一番大きな挫折だったので、その分学んだことや、価値観を変えるいいきっかけにもなった。

 

健康への意識を変えるきっかけ

仕事に対して、自身の健康以上のプライオリティを持ってる人って少なくないんじゃないだろうか。直接的に「健康より仕事が大事」と思っていなかったとしても、仕事のために睡眠時間を削ったり、過度なストレスがかかる環境に居続けたりすることは、結果として仕事優位の価値観で生きていることになる。

僕の場合も、意識的に健康管理をなおざりにしていたわけではなく、仕事の優先順位が高かったために、無意識的に健康劣後な生き方をしてしまっていたんだと思う。病気になってようやく「意識的に」健康を最上位に置くようになった。もし病気にならなかったら、その考え方の変化は起こらなかったか、或いは取り返しのつかないぐらい後になってからだったかもしれない。まだ早いうちに痛烈な反省をする機会に恵まれて幸運だったと思うようになった。

 

仕事をキャパ以上に抱えない

体調を崩したあとに色んな人に励ましの言葉やアドバイスをもらった。特にステークホルダーの皆さんには申し訳ない気持ちしかもっていなかったので、そういう言葉を頂けたことですごく気が楽になった。そんな中でも一番自分にとって意外というか予期していなかったのは、会社のメンバーからの反応だった。

病気になった後、メンバーから「もっと頼ってほしかった」とか「抱え込みすぎずに任せてほしかった」などの言葉を聞いたときに、自分としては意外だったし、大きな思い違いをしていたんだなと気付かされたのだ。当時の自分は、周りのメンバーがパツパツで余裕が無いように見えていたので、重たい案件は可能な限り自分で対応しようとして抱え込んでいた。さらに、自分にかかってる負荷の様子がメンバーに伝わると、余計ストレスを与えてしまうだろうなと考えていたので、できるだけ顔に出さないように努めていた「つもり」だった。

実際はさすがにメンバーも気づいていて、「そんなに大変ならもっと頼ってもらってもいいのに」と思ってくれていたのだ。そういうことなら、もっと頼ってもよかったなーと。実際にメンバーに余裕があったのかどうかは別にしても、相談してみても良かったんじゃないかと。自分のキャパ以上に抱え込まずに、できる・できない、任せる・任せないを、冷静に客観的に考えられていなかったと今では思う。病気になるのはもう懲り懲りなので、これからはもっと自分のキャパを見極めて、人に頼れるようになれるかな。

 

病気を経ても「変わらない価値観」があった

病気になって1年〜1年半ぐらいは、もう本当にへこたれていて、自分に対する自信なんて粉々に打ち砕かれていた。役員退任から半年後に、正社員としてリハビリ復職しようとしたときなんて、いざ復職直前の産業医面談ともなると、それまで治まっていた頭痛と吐き気が突然襲ってきた。ちょっとずつ良くなっていると自信を高めていた矢先にそんな症状が起きたときの絶望感といったら・・。以前みたいに働けるのか?会社に出社することもできないのに、これからチャレンジングな仕事に向き合えるのか?そんな不安と闘っていた日々もあった。でも、そんな壁を一つ一つ乗り越えていくと、少しずつ自信を取り戻すことができた。今では「これまで以上に大きな仕事をしたい」とか「リスクをとっても起業してベンチャーをやりたい」と以前と同じような価値観を取り戻すことができている。産業医面談で頭痛を起こしていた当時と比べると隔世の感さえあるが、病気という体験を経ても変わらないってことは、こりゃ本物だなと確信できた。

 

福岡で起業したことを知人や友人に伝えると、「そっかー、地元に帰るんだねー」と、どこか「東京の夢破れて地元で静かに暮す」っぽい印象を持たれてしまうんだけど、正直そう思われるのは本意ではない。高いQOLを持ちながら、仕事もチャレンジし続ける環境を探していたらたまたま福岡がベストだと考えたからであって、居心地のいい地元で静かに余生を送りたいわけではないからだ。そんな年でもないしね。

 

最後に

会社設立から上場までの4年間が今ではぼんやり夢のように感じてしまうぐらい、2年間の療養生活は長かった。この2年間の療養体験については、同様の経験をしている他の人にも参考にしてもらえると思うので、また別の機会に書こうと思う。ブログを立ち上げて初回の記事で、自分の挫折体験について書くことが本当にベストなのか結構悩んだ。それでも、一連の経緯ついて書いておくことが、今後、僕の活動の意図や目的を世の中に理解してもらいやすいのではないかと思い、恥を忍んで書いてみた。