移住者インタビュー:平島浩一郎さん

インターネット・ゲームサービス企業マイネットでエンジニアとして創業から10年間東京で勤務したのち、38歳で奥様および1歳のお子さんとともに福岡へIターン移住・転職を決行されました。現在はヤフー株式会社の北九州拠点に勤務されています。(インタビュー日時:2017年10月)

 

移住先決定までのプロセス

— 平島さんは僕がYOUTURNの事業を始める前にブログを開設して初めて移住の相談を頂いた方で、僕にとっては思い入れのある方です。その後、実際に移住・転職されて、今ではヤフー株式会社でエンジニアとして勤務されておられます。色々とお聞きしたいことがたくさんあるのですが、まず、平島さんが移住を決意した理由からお話し頂けますか?

 

僕は小学校時には佐賀に住んでいたんですが、中学・高校・大学は東京・横浜辺りに住んでいて、その流れで就職先も東京の会社しか考えていませんでした。ただ、25歳ぐらいのときに「このままずっと東京に住み続ける理由って別に無いよな」ってふとした時に感じたんです。たまたま観た映画で、主人公が東京とイタリアを行ったり来たりして働く物語をみて、「こういう生き方もあるんだな」と気づいて。そんな割りと軽いきっかけです。

その後結婚した妻もたまたま似たような考え方を持っていたんです。妻は山形出身で、いちど地元で働いたあとに東京に移り住んでいます。夫婦ともに、カジュアルにどこにでも住める意識があって、移住に対してそこまで重々しい考えを持っていなかったんですよ。

「それならいつか本当にやってみようか」ということで、夫婦で移住の話をし始めたのが、31,32歳ぐらいですね。

 

— ということは今回、満を持して移住されたわけですね。

 

そうですね、今38歳なので、6,7年がかりの検討期間を経て移住しました(笑)。

まず始めに夫婦で話したのは、「東京じゃなくても良いよね」ということです。理由は大きく2つで、「人も多い」し、「地震も多い」ということです。東京の郊外に住む選択肢もありましたが、長い通勤時間をかけて東京にしがみつくような生活は嫌だよね、という価値観が一致していました。

なので、東京でなければどこに住みたいか、という議論を夫婦で2,3年かけてよくしていました。たとえば東京から沖縄へ移住した友人が3人いて、話を聞いて参考にしたり。

そういう過程を経て、結果的には福岡に移住したいと思うようになりました。一番の理由は、私がインターネット関係の仕事を続けたいということです。福岡市はスタートアップ戦略に力を入れていますし、福岡であれば何かしらの仕事はあるだろうと思いました。そして人口も東京ほど多くないですし、地震も少ない。

 

— 福岡に決められた経緯がよく分かりました。確か、平島さんのご両親が福岡出身なんですよね?

 

そうなんです。私の両親は福岡出身です。祖父母の家が福岡にあるのでよくこの辺には来ていました。親戚も何人かいます。そういった地縁があったのも1つの理由ですね。博多弁も多少は分かりますし(笑)。

 

— 奥さんも同じように福岡行きに賛成でしたか?

 

いや実は、移住先に関しては当初夫婦で意見が別れていたんです。私は福岡に行きたかったんですが、妻は山形に親戚も多かったので、「東北がいいよね」という感じでした。でも、東北には私の仕事はないんですよね。東北の大都市である仙台も検討しましたがそんなにインターネットの仕事って多くないんです。また、東北の冬は雪かきが大変というのもあります。

 

— 夫婦で意見が割れていたんですね。では、説得の過程を教えてください(笑)。

 

説得するために有効だったのは、旅行に連れて行って地元の美味しいものを食べてもらうことです。

 

— それは効果がありそうですね。

 

妻の感想としては、「とんこつラーメンが意外と美味しい」、「お寿司が東京と違う魚があって美味しい」という感じで、大変効き目がありました(笑)。食べ物での説得はすごく効果があったので、他の移住検討者にもおすすめしたいですね。

 

— 福岡移住に対して、奥さんの賛同を得られたのは移住するどれぐらい前ですか?

 

移住の候補地を徐々に福岡へ寄せていって、固めたのが3,4年前ですね。

 
福岡移住でキャリアアップを実現する方法は?

 

福岡移住に向けての旅行

— その説得の期間も含めて、何度福岡に足を運びましたか?

 

検討のために福岡に旅行に来たのは、検討時期の3,4年の間では2回ですね。1回目は、美味しいものを食べてまわる旅行です。それと、福岡にいる僕のいとこへの挨拶と妻との顔合わせも兼ねました。

また、移住したい理由の1つに地方でなら一戸建てを建てられるかも、という思いもありました。特に妻は戸建て願望が強かったので、1回目の旅行の時に、福岡でモデルハウスを見学しました(笑)。福岡で一戸建てを建てるイメージを持ってもらいたかったので、候補になりそうな福岡の郊外エリアをレンタカーで回りましたね。

2回目の主目的は、大分の湯布院への温泉旅行でした。このときに福岡にも1泊しました。美味しいものだけ食べて、印象を強化していくという戦略です(笑)。

この2回の旅行をふまえて夫婦で議論を続けた結果、「福岡に行こう」と決めました。

 

移住時期の決め方

— 福岡に移住先が決定した後、実際に移住する時期はどうやって決めましたか?

 

夫婦での話し合いですね。お互い共働きで、妻も定年まで働きたいという意向がありました。

なので、「お互いにいつ仕事に区切りがついて移住できるのか」という調整が必要でした。僕のほうは早く行きたかったんですけど、「もうしばらく東京でやりきりたい」という妻の思いが強くて、中々決まらなかったですね。そんな中、ちょうど子供を授かりました。

移住した理由として「子育てが理由ですか?」とよく質問されるんですが、夫婦の中では、子供が生まれる前から移住したいと思っていました。移住検討の理由は自分たちの意思によるところが大きいです。

 

— では、移住を決めた後の準備期間、どのような活動をされましたか?

 

直近1,2年ぐらいで、移住準備のためにさらに3回福岡を訪れました。1回目は、去年(2016年)の11月頃に保育園見学のためです。その頃は妻も仕事を続ける前提だったので、今年(2017年)の4月から福岡の保育園に子供を入れることを検討していました。が、保育園を調べていたら、「申込み期限の2016年12月までに1度見学に来ることが必須」って書かれてあり、慌てて福岡に向かいました。

その次が、今年(2017年)3月です。就職先が決まり、勤務先が北九州になりました。住まいを北九州にするか福岡市内にするかの検討で来ました。北九州と福岡で1泊ずつして街の雰囲気を自分たちの目で見て、結果的には福岡に決めました。

最後に、翌月4月に家の契約のためにもう一度来ました。福岡に引っ越すのは最初4月を想定していたんですが、退職時期調整や転職後の東京研修などがあり、福岡に住み始めたのは6月からです。

 

— 検討前に2回、決まった後の準備で3回、計5回の福岡滞在を経て、移住が完了したんですね。

 

中編(移住者から見た福岡の生活環境)へ

著者プロフィール

中村 義之
株式会社YOUTURN代表。地方のアセットを活かして持続可能なライフスタイルとイノベーションを生みだすための起業インフラを創出中。メイン事業はU・Iターン特化の転職エージェント。地方のスタートアップで活躍したい人材募集中。