はじめに
「経済発展には環境犠牲がつきもの」「大量生産大量消費が資本主義」。環境や資本主義についてこのように語られることも少なくないと思います。
一方で「環境負荷を少なくするモノづくり」「長く使えるモノ・仕組みづくり」を行う企業が増えてきていることも事実です。
本記事では2018年5月30日に開催されたFukuoka Growth Nextによるスタートアップの育成セミナー「持続可能な資本主義:環境編〜環境を犠牲にして成り立つ経済の、次へ〜」のイベントレポートをお送りします。
ビジネスで環境問題の解決に取り組むパタゴニアの日本支社支社長である辻井隆行さんによるパタゴニアの紹介と各スピーカーによって「価値観を共有すること」「罪悪感ではなくクリエイティブな仕組みづくり」などの話が繰り広げられました。また参加者からも「企業の成長とはなにか」「ソーシャルビジネスとスケールの相性」など活発な質疑も行われました。
〈スピーカー〉 ※所属はイベント当時のものです。
◇新井 和宏氏
鎌倉投信株式会社 取締役 資産運用部長
1968年生まれ。92年、東京理科大学工学部卒業、住友信託銀行(現・三井信託銀行)入社。2000年、バークレイズ・グローバル・インベスターズ(現・ブラックロック・ジャパン)に入社。2008年11月、元同僚と4人で鎌倉投信を創業。著書に『幸せな人は「お金」と「働く」を知っている』『持続可能な資本主義』『投資は「きれいごと」で成功する』
◇辻井 隆行氏
パタゴニア日本支社 支社長
1968年東京生まれ。会社員を経て、早稲田大学大学院社会科学研究科修士課程修了。1999年、パートタイムスタッフとしてパタゴニア日本支社に入社。2009年より現職。入社後も長期休暇を取得し、グリーンランド(2003年)やパタゴニア(2007年)でシーカヤックと雪山滑降を組み合わせた旅などを行なう。2014年より、長崎県の石木ダム建設計画見直しを求める活動(ishikigawa.jp)を通じて、市民による民主主義の重要性を訴える。
◇春山 慶彦氏
株式会社ヤマップ 代表取締役
1980年福岡県生まれ。同志社大学卒業後、アラスカ大学留学。帰国後、株式会社ユーラシア旅行社『風の旅人』出版部に勤務。その後フリーランスとなり、2011年5月にYAMAPを着想。2013年にローンチし、株式会社セフリを設立。現株式会社ヤマップ代表取締役。
環境負荷を減らす
辻井 隆行氏(以下、辻井):辻井と申します。僕たちはアウトドア用の洋服をやっています。
▲(左)パタゴニア日本支社支社長 辻井 隆行氏、(右)鎌倉投信株式会社取締役資産運用部長 新井 和宏氏
辻井:会社の第1の目標は、「アウトドアでスポーツを楽しむ方が安心して安全にスポーツに集中できるような品質を達成する」ということです。
その上で何が他のアウトドアアパレルと違うのかというのを今回は2つご紹介します。
まず1つ目。
何もないところからモノはつくれないので資源を取り出して水を使ってエネルギーを注入してCO2を出しながら形を変えたものを売って商売するというのがモノづくりです。
そういう意味で、洋服づくりも環境汚染なので、まずはそのインパクトを最小限に抑えることに取り組んでます。
きっかけは、1988年ボストンのお店で働いていたスタッフが体調を崩したことでした。
原因はTシャツからホルムアルデヒドが空気中に放出されていたこと。それまでコットンって一番環境負荷が低いと思われていたんですよね。
コットンは育て方としては種をまいて水をやって雑草や害虫を取って、最後できたものを糸に紡いで生地にしています。
当時はトウモロコシとか大豆など穀物がいっぱいある中でコットンは地球上で使われていた耕作面積の1‐2%くらいであったも関わらず殺虫剤の4分の1がコットンに使われていたんです。
それだけコットンには害虫がつきやすいんですね。さらに一番驚いたのが、収穫の前に枯葉剤を撒いていたことです。なぜかというと葉っぱが枯れて綿花に入り込むと良い糸を紡げなくなるからです。
枯葉剤というとベトナム戦争でゲリラ兵士を発見するために森に大量に散布された薬剤。その時に使われていた成分とほとんど変わっていない有機リン酸エステル系のものです。
今でもコットンは発展途上国で育てられていることが多く、そこでは字が読めない方々がそういう劇薬をマスクや手袋もなしで扱っていたりします。
WHOの統計によれば、年間3万人近い方が亡くなり、300万人もの方々が病気になっています。
そんな背景を知り、農家さんや紡績屋さんと話してオーガニックコットンを自分たちで広げていくしかないということで、約2年かけてすべての製品をオーガニックコットンで作るようになりました。
▲1988年に起きたパタゴニアスタッフの体調不良をきっかけに、すべての製品をオーガニックコットンで作るようになった
辻井:まだ道半ばですがあらゆる素材には今みたいなストーリーがあって、その環境負荷を全部最小限にしていくというのが1つ目のこだわりです。
労働者を正当に扱う
辻井:もう1つは「労働者を正当に扱う」ということですね。
今日皆さんが着ている洋服が、どこでどんな人がどんな思いで作っているか。そういうことはあまりにも流通が複雑になって、よくわからない仕組みになっています。そうなると例えばこういうことが起きます。
辻井:2013年の4月に、バングラディシュの首都ダッカの郊外にあった縫製工場で事故が起こりました。
そこでは、主に17歳から21歳の女性が4,000人近く働いていたそうです。
この工場の5階より上は違法建築で8階まで継ぎ足されていてそこに大型の発電機が置かれていた結果、ミシンの振動で建物の5階から上が倒壊しました。
悲しいことに3千人以上の縫製労働者が生き埋めになり、1,200人近い方が亡くなりました。これは規模の大きな事故ですが、こういうことはアパレルのビジネス上、珍しいことではありません。
安全管理にお金を使うとTシャツの原価が高くなってしまう。そうするとメーカーからの発注が減る。だから工場の経営者は、なるべく経費を抑えようとして安全管理や労働環境改善への投資はしなくなる。
この方々の時給は日本円だと、時給10円から20円程度だったそうです。
Tシャツ3千円は高い、2千円の方がいい、さらに800円の方がよいと都会の人が要求し続ければ、最終的にこういう人たちのところにしわ寄せが行くわけですよね。
お金をある製品に使うということは「自分はこういう製品を支援したい」「こういうふうに作られたことを支援したい」という意思表明だとすごく強く思いました。
今何かを買うときに、その背後でどんな人たちがどんな思いでどんな風に育てて作ってるかってあまりにもわからない社会だと思います。だから僕たちは透明性が大事だと考えているんです。
パタゴニアでは自社工場を持っていないので世界中の工場さんとお付き合いをしているんですがwebサイトで公開しています。いろんな企業・工場と労働環境や賃金の改善などを根気強くお話しして変えていくことにトライしています。
ビジネスで環境問題を解決したい
辻井:そして、僕らはビジネスで環境問題を解決したいと本気で思っています。David Brownさんという亡くなってしまったアメリカの環境活動家が「死んだ地球ではビジネスは成り立たない」とおっしゃったことに強く影響を受けています。
▲辻井氏の話に真剣に聞き入る参加者
辻井:環境問題というのは地球や環境を守る話だと思われがちですが、実際には人間の問題で、僕たちが今までみたいに地球上で資源を使って生活できるかどうかという話です。
例えばアパレル業界に目を向ければ、不要な洋服が大量に作られ、消費者に渡る前に大量に廃棄されています。
経済産業省のアパレル・サプライチェーン研究会委員を務めた小島健輔さんのレポートによると、1990年の日本では約12億着の服が流通し、97%ぐらいの消化率でした。
それが、ファストファッションが台頭した2015年は消化率48%。28億着生産され、そのうちの13億6,200万着しか小売店やお客さまに届いていないそうです。
残りの14億はメーカーが処分。購入された洋服も8割は翌年までに廃棄されています。コットン生地の生産には大量の水を使います。
Tシャツ1枚あたり2,500〜3,000Lの水が消費されます。こんな使い捨てのビジネスが持続可能であるはずがない。アパレル業界が廃棄をなくして利益を上げる方法を真剣に考えなければいけない時代に来ているはずです。
▲1990年当時、日本で流通する服は12億着、うち11億5先着は売れていた。しかし現在は28億着が流通し13億6千万着ほどしか売れていないと言われている。
辻井:そうした現状の中、廃棄される服を減らすために、パタゴニアに出来ることとして、製品をお直しするリペアセンターを設けています。「新品よりもずっといい」というキャッチフレーズで、製品を長く使っていただき、思い出の品にまつわるストーリーを大切にする「Worn Wear」プログラムも実行していいて、修理できない場合はリユース、リサイクルが可能です。日本の「もったいない」という価値観に合致するのか、イベントなどはいつも盛況です。
石木ダム。いしきを変えよう
辻井:事業を通じて自分たちのインパクトを最小限に抑えることと同じくらい大切にしていることは、健全な空気と水と土壌を守るために地道に活動している小さな環境団体を支援することです。
売上の1%を85年から寄付し続けてきて、寄付額の累計で100億円ぐらいになっています。
寄付先は主に本当に小さなNPOや環境団体です。例えば、その1つに、九州の長崎県にある「石木ダムの問題に取り組む活動をしている団体」があります。石木ダム計画は50年ぐらい前に浮上しましたが、未だに作られていません。
当時掲げられていたダムを作る合理性が今や薄れつつあるにも関わらず、53名の方が今も住んでいる土地を強制的に排除して沈めようとしているんです。
僕はこれをいろんな人に知って頂きたいと思ってます。
一番の理由は、この問題の行く末が日本の民主主義のあり方に大きな影響を与えると感じているからです。もちろん、現地は森全体がホタルの光で揺れる光景が未だに残る自然豊かなところです。
そこに53名の方々が慎ましやかに暮らしている。日本には高さ15M以上のダムが2,800基ほどあると言われています。
しかし、住人を機動隊などを使って強制的に排除してつくられたダムはひとつもないそうです。もし、石木ダムがそうした行政代執行によってつくられれば、日本で初めてのことになる。一方で、国交省が予算をつけたダム計画で、市民運動の盛り上がりによって見直されたダム計画もないそうです。だから、この計画がどちらにころんでも、日本初となる。
そう言う意味で、530億円以上もの税金の使い道や、何を未来世代に残すのかを、大勢の意見を交換した上で決めて欲しいなと願っています。
そんな思いが広がって、いまでは#いしきをかえよう というキャンペーンがスタートしたり『ほたるの川のまもりびと』という映画が生まれたりしました。
加藤登紀子さんや坂本龍一さん、いとうせいこうさんや小林武さんが無償で活動を支援してくださっているのは、やはり、この問題が日本のこれからのあり方にとって大事だと認識してくださっているからではないかと思っています。
いしきをかえようのキャンペーンでは、ダムに反対と決め付けるよりは、もう一度立ち止まって推進する側と反対してる側の意見を大勢の人が聴くっていう機会を作りましょうという提案をしています。そんな中で、キャンペーンを知っていただくためのポスターをつくり、長崎市内中のさまざまな商店の方々にお願いして、店舗やビルなどに、今2,500枚ぐらい貼らせていただきました。
そうした中、長崎県知事や県議会に公開討論会の開催を求める署名も30,000筆を超えてきましたし、これからも多くの方々に協力をいただけたらと願っています。
ビジネスで環境問題を解決するパタゴニアの取り組みを紹介するとともにモノづくりの現場で起きている課題の一部が明らかになったイベント前半。
【イベント記事後半】はスピーカーたちによるパネルディスカッションと参加者との質疑応答の内容になっています。
「モノへ付加価値をつけていく方法とは?」
「クリエイティブな仕組みで人の行動を促す事例とは?」
「ソーシャルビジネスと事業スケールの位置付けとは?」
など、ぜひ後半記事もご覧ください。
著者プロフィール
- 株式会社YOUTURNは、首都圏でキャリアを積んだビジネスパーソンと、福岡で社会課題の解決に挑む企業とのマッチング事業を展開する会社です。スタートアップ都市として芽吹きつつある福岡のベンチャー企業、地場の優良企業への移住転職で、キャリアップとQOLの向上を実現してみませんか?