クリエイティブ業界のなかでも人気の職業であるデザイナー。数多くのデザイン会社がひしめく東京の地を出て、福岡でキャリアを積むことを選んだ人がいます。それが、今回お話を伺った株式会社ホープでクリエイティブ部長と人事部長を兼務する、平木 正剛(ひら せいごう)さんです。

東京でデザイナーとしてのキャリアを歩む一方で、九州出身の奥様と、福岡移住を検討していたという平木さん。福岡への移住にあたって悩んだことや、実際に移住してみて感じた生活・キャリアでのギャップを株式会社YOUTURN代表、中村 義之(なかむら よしゆき)が詳しく伺ってきました。

 

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<スピーカープロフィール>
◇平木 正剛氏
株式会社ホープ クリエイティブ部長 兼 人事部長

鳥取県米子市出身。山口大学卒業。幼少期より、広島、山口などを転々とし、就職を機に東京へ。グラフィックデザイナーとして8年間働き、福岡県へ移住。株式会社ホープに入社し、中途採用では初のグラフィックデザイナーとして活躍。2017年6月より人事部長を兼任。

 

◇中村 義之

株式会社YOUTURN 代表取締役
1984年生まれ。福岡県出身。筑波大学第三学群卒業。2008年、株式会社ディー・エヌ・エー入社。EC事業に従事。2010年10月、同社から分社・独立した株式会社みんなのウェディングの設立に取締役兼マーケティング部長として参画。2014年3月、同社取締役兼事業本部長として東証マザーズに上場を果たす。2016年5月、地元福岡で株式会社YOUTURNを創業。首都圏のスタートアップ人材と地方企業のマッチング事業を展開中。

 

<目次>

建築系に進学後、デザイナーとして東京で就職

悩みは条件面。東京と同じ待遇が望めるのか?

裁量と働く仲間。東京より仕事は断然おもしろい。

建築系に進学後、デザイナーとして東京で就職

ーー今日はよろしくお願いいたします。まずはじめに、これまでの経歴から教えてください。

平木:よろしくお願いします。僕は、これまで日本中のさまざまな拠点を転々としてきました。出身は鳥取県米子市です。

その後は広島、山口、東京、広島の順で巡り、山口大学への進学を機に、山口に再び渡りました。ひとつの地に5年以上住んだことがないほど、あらゆる地を回ってきています。

 

ーーすごく多いですね、大学を卒業した後は、企業に入社されたのでしょうか?

平木:大学院までは進学したのですが、中退してデザイン会社に入社しました。大学時代に建築系の学科に所属していたことがきっかけで、グラフィックデザインの基礎を学んだんです。

そこで、さらに突き詰めたいと考えるようになって、就職活動を行いました。エージェントに登録していたので、そこから企業を紹介してもらうことが多くて。結局、入社したのは自動車メーカーの広告やグラフィックを担当する東京の会社でした。

 

ーー建築からデザインの道に進むのは珍しいですよね。実際に入社されてみてどうでしたか?

平木:僕が入社したのは、当時社員数が3名で創業4〜5年の小さな会社で。代表が40代、ほかが30代のなかに飛び込みました。

ほぼ新卒社員に近い状態での入社だったので、右も左もわからなかったです。大卒ということで、かなり期待されての入社だったのですが、全然仕事ができなくて……「なんでこんなこともできないんだ。知らないんだ」って怒られることばかりでした。

僕以外の社員は、専門学校卒だったので、ソフトの使い方をしっかりと経験しているんですよね。デザインで使用するのは「Illustrator」と「Photoshop」と呼ばれるふたつのソフトなのですが、マスターするまでには苦労しました。

 

ーーたしかに、専門学校では実務のスキルを詳しく教えてくれますからね。働くうえで、辛くはなかったですか?

平木:入社したばかりの頃は、毎日辞めたいと思っていましたよ。3日間徹夜する日が続いたり、明け方の3〜4時に帰宅する日が続いたり……(笑)。仕事を丁寧に教える会社ではなかったので、自分で1つずつ覚えていかなければならなかったので苦労しました。僕の後に、4人ほど中途社員が入社しましたが、全員半年経たずに退職していましたから。

 

ーーすごいですね……。でも、平木さんは長く勤められたんですよね? 働きやすくなった転機があったのでしょうか。

平木:8年間勤めたので長かったですね。転機が訪れたのは、入社2年目のときです。仕事を発注してくれていた担当代理店が変わったんです。そのとき、それまで携わっていた自動車メーカーの案件がすべてなくなって。ゼロから仕事を取りにいくようになりました。そして、新しく担当になった代理店から、カタログのリデザインを受注したのですが、その仕事がこれまでの仕事に変化を与えてくれて。

10種類のカタログを半年間ですべて新しくデザインする仕事だったので、進捗管理やタスク管理を含めたマネジメントまでを丸ごと担当させてもらえたんです。終電まで働く毎日ではありましたが、自分が関わっている実感や達成感が大きかったことを覚えています。

 

ーー新しい大型案件を通して、デザイナーとしてもステップアップできたのですね。

平木:そうですね。その後は、少しずつですが、着実にスキルアップできたように感じています。デザイナーとして求められる課題解決力、コミュニケーション能力、表現力、管理能力はそれなりのものになったと思います。入社当時苦しんだソフトのスキルも社内でもっとも正確に、かつ迅速にできるようになっていました(笑)。30歳を迎える頃には、多くの仕事を任せてもらえるようになっていたので、やりがいも大きかったです。

 

悩みは条件面。東京と同じ待遇が望めるのか?

ーーそんななかで、福岡に移住することになったのはどのような経緯があったのでしょうか。

平木:きっかけは、奥さんの存在でした。もともと、僕と奥さんは大学時代から付き合っていたんです。同じタイミングで就職して、共に1年目はすごく大変な毎日で。そんななかで、1年目のあるとき、大阪で温かい蕎麦を食べたんです。関東と関西って、出汁の味がまるで異なるので、すごくその味に感動して。。。「西っていいな。。。」と涙出そうになりました。出なかったんですけど(笑)。

彼女は大分県出身だったので、やはり関東よりは関西など西の方面のほうが性に合うようでした。

そのときに「20代のうちには、2人で西に行こう」と約束をしました。福岡に住んだことはありませんでしたが、友人から暮らしやすい土地だと聞いていたため、比較的すんなりと候補のひとつとして捉えていました。

 

ーーただ、平木さんは30歳のときにもまだ東京で働いてましたね(笑)。

平木:前職には32歳までいたので、20代のうちに、ではなかったですね(笑)。29歳で奥さんと結婚したのですが、だんだんと「いつになったら福岡に行く?」と奥さんからプレッシャーをかけられるようになって。ちょうど仕事がおもしろい頃だったので、最初はそれとなく濁していたのですが、だんだんプレッシャーが大きくなっていきました(笑)。

ただ、実際のところは、東京でもらえる年収や仕事環境と同じものを福岡では求められないだろうといった、漠然とした不安も抱えていたんです。移住する決断ができなかったのには、その不安が大きく関与していました。

 

ーー悩んでいたのは、働くうえでの条件面だった、ということでしょうか。

平木:そうですね。1社しか経験していなかったため、前職で培ったスキルやノウハウが汎用的である自信が持てなかったんです。井の中の蛙なのではないかと感じていました。あとは暮らすうえでの年収などがやはり気になるポイントではありました。

ただ、そうしてウジウジ悩んでいたら、どんどん腰が重くなってしまう。福岡で生活したい思いはずっと変わらなかったので、それならと勇気を持って移住を決断しました。

 

ーーなるほど。移住する際の転職活動は、どのように行なっていたのですか?

平木:新卒のときと同様にエージェントへの登録と、あとは転職サイトで気になる企業をチェックしていました。そこで見つけたのがホープなんです。たしか「福岡 転職 デザイナー」で検索して探していた気がします。福岡でもデザイナーの募集はあるのですが、条件面で難しいと感じたのが正直なところで。ただ、ホープは条件面も雰囲気も自分が求めるものに合いそうだったので応募しました。
ーーそうだったんですね。ホープに入社を決めたポイントはなんだったのでしょうか。

平木:転職時の決め手は、自分がデザイナーとして価値を発揮できることですね。僕は、ホープに中途で入社した初めてのデザイナーなんです。だからこそ、ホープのデザインの基盤を作れる環境だと思ったし、純粋に楽しそうだなと。デザイナーとしての上司のいない環境なので不安はありましたが、同じくらい楽しいだろうと感じられたんです。

裁量と働く仲間。東京より仕事は断然おもしろい。

ーー転職してからは具体的にどのような仕事に携わっているのでしょうか?

平木:前職は制作会社だったのに対して、ホープは事業会社です。とくに自治体関連の仕事が多いので、仕事内容はグッと変わりましたね。営業が自治体のパンフレットをはじめとするグラフィックデザインの仕事を受注してきてくれるので、実制作を僕が担当していました。

中途で入社する初のデザイナーであるプレッシャーも感じていて。会社にとって必要な人材と思ってもらうためには、最初の半年くらいの振る舞いやアウトプットがすごく大切だろうと思っていました。

だからか、入社後半年くらいは緊張していることが多かったですね。結果として、デザイナーとしての腕やマインドなど、ホープにマッチしていると思ってもらえているみたいです。採用して良かったと感じてもらえるのはうれしいですね。

ホープではデザイナー以外の人からもらえるフィードバックがとても新鮮ですし、デザイナー冥利に尽きると感じています。そしてデザイナーばかりが働く組織ではなく、営業、経理、人事など……。いろんな職種の人々と働くことで、制作以外の世界が広がりました。

 

ーーこれまでと、働くうえでの意識の変化なんてものもありましたか?

平木:ありますね。まずデザイナーとしての変化です。今までは「デザイナー」と名乗ることが少し気恥ずかしかったんですが、自分の仕事に自信が持てるようになったかなと思います。もうひとつが、ビジネスマンとしてです。組織の責任者になってからは「組織として成果を出す」ために育成や、生産性、仕組み化、改善などを考えるようになり、視点が高くなったと思います。

育成に関しては不慣れだったので戸惑うこともありましたが、コミュニケーションを取るなかでだんだんと成長していく様子を見られてうれしかったです。育成を含めたマネジメントといった概念はデザイナーをしていた頃は考えたことがなかったので、新しい分野に取り組めてとてもおもしろいです。

また、上場したすぐ後のタイミングでは新設されていたクリエイティブ部の部長と、人事部長を兼任することになって。それぞれやりがいを感じる経験になっています。

問題を解決する手段は、デザイン以外にもあるんだな、とわかり、デザイン以外の仕事にも自然と興味を持てるようになりました。更に自分の能力を拡張させたり、デザインとまた違うアプローチでも、会社に影響を与えていきたいなと。
ーーそれでは、転職したことで、これまでよりもやりがいを感じる瞬間は増えていますか?

平木:そうですね。東京にいた頃よりも、仕事は断然おもしろいです。

ホープは、がそうであったように、入社直後であっても大きなことを任せてもらえますし、未経験の大役も担えます。が人事部長を任せていただいているように(笑)。

人を信頼する会社だな、と思いますね。大きなチャレンジの場があります。

一緒に働く人もすごく良い人ばかりです。福岡という働く環境の良さが影響しているのかもしれません。裁量権の大きさと、働く仲間の存在は、働きがいを感じるうえで非常に大切なポイントだと思います。

それから、ホープは、成長意欲が強くて仕事が好きな人ばかりです。同僚に若くて元気な、いい人たちが多いというのも、年上が多かった前職と比べたときの違いですね。自分自身が見える世界も、より明るくなった気がします。

同僚と飲んでいても、仕事の話で楽しく盛り上がるんです、愚痴じゃなくて。自分が酒を飲みながら仕事の話をするくらい、仕事好きになったのは僕も驚きですね。

「福岡からメガベンチャーを目指す」という立ち位置だからこそ、誰も不必要な人なんていないですよね。一人ひとりが成長して会社を大きくしていく、という気概がある仲間が集っているからこそ、自分も刺激を受けて成長できる環境だと思いますね。

 

ーー移住の観点で考えると、暮らしやすさの違いはありますか?

平木:僕は、生活のさまざまな観点で福岡のほうが肌に合っていると感じています。たとえば、街が比較的コンパクトなので、通勤が楽だったり、子育て環境がとても良かったり、食材が東京よりもおいしかったり。

もちろん、東京に比べると情報が遅かったり、イベントが少ないなどの観点ではデメリットはあります。ただ、東京でずっと暮らし続けただけでは得られないような経験ができるので、総じて見ると、移住して良かったと心から感じますね。
ーー素敵なお話をありがとうございました!

 

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著者プロフィール

YOUTURN編集部
株式会社YOUTURNは、首都圏でキャリアを積んだビジネスパーソンと、福岡で社会課題の解決に挑む企業とのマッチング事業を展開する会社です。スタートアップ都市として芽吹きつつある福岡のベンチャー企業、地場の優良企業への移住転職で、キャリアップとQOLの向上を実現してみませんか?