この記事について

 

去る2019年4月2日、長崎大学入学式の新入生オリエンテーションの中で、私の起業体験をお話しする機会を頂きました。

 

長崎大学は今後、アントレプレナーシップ教育に力を入れていく方針とのこと。

 

その動きをサポートしている株式会社FFGベンチャービジネスパートナーズ様からお声がけ頂き、日本の将来を担う九州の学生の何らかのヒントになればと思い、快諾させて頂きました。

 

長崎大学の学生以外の方、特に今後起業を目指す、あるいは、社会や組織の中で起業家精神を発揮していく学生や若者に広く私の起業経験を共有できればと思い、本ブログで講演内容を公開させて頂くことにしました。

 

はじめに

 

新入生のみなさん、入学おめでとうございます。

 

私は、ただ今ご紹介に預かりました、株式会社YOUTURN 代表取締役 の中村と申します。

 

長崎大学が今後、アントレプレナーシップ教育、企業家教育に力を入れていくとのことで、この度お招きいただきました。

 

この佳き日に講演をさせて頂く機会を頂戴し、大変光栄に思っています。

 

新入生のみなさんが実り多い大学生活を送るにあたって、甚だ僭越ではございますが、私の拙い経験の中から、いくつかのお話しを述べさせて頂ければと思います。

 

先にお断りしておきますが、私は、世に言う「成功者」ではありませんし、まだ何か誇れるようなことを成し遂げたわけでもありません。

 

ただ、みなさんよりも少しだけ先に社会に出て、少しだけ経験を積んできた短い人生の中で、私が何を考え、どんな人生を歩んでいるか、ただ1人、人間の生き方の事例をお話ししよう。そう思っています。

 

今日は、私が大学以降の人生で経験した、3つのお話をします。

 

人生の小さな一歩目を踏み出すとき

 

1つ目は、小さな一歩を踏み出す話です。

 

私が、今のみなさんとちょうど同じころ、大学に入学したばかりのころは、自分の将来に夢も目標もない人間でした。みなさんの中に、大学卒業後の将来に、具体的な夢や目標を持っている方がいたら、当時の自分はすごくうらやましく感じたはずです。

 

私は、地元の福岡を出て、関東にある筑波大学に通っていましたが、当時は具体的な将来の夢や目標はなく、自分の意思で、自分の将来像をイメージすることをずっと避けていました。

 

自分は、一体何をしたいのか分からない。そういう悶々とした暗闇の中を過ごしていました。

 

そういう葛藤があって、大学の最初の2年間は、勉強は単位をそつなく取れる程度にこなし、あとはサークルとバイトに明け暮れて、漫然と日々を過ごしていました。

 

それなりに楽しい日常でしたが、緊張感や張り合いはなく、ふとした時に将来のことを思うと、鬱々とした気分になる。そんな2年間でした。

 

そんな私に転機が訪れたのは、大学2年の終わり頃。ようやく重い腰を上げて、自分の将来と向き合うようになりました。

 

そろそろ3年生になり、大学卒業後の進路を考える時期に差し掛かったという状況もそれを後押ししたと思います。

 

では、将来、何をやるか。自分は何者になりたいのか。

 

そのときに、湧いてきた想いは、「これまでの自分のように、自分の意志で自分の人生を歩めない人は多いのではないか?」という問題意識です。

 

家庭の事情や、ものごとの考え方、世間の同調圧力、既存の常識にとらわれて、本来自分自身が「こうなりたい」「こうありたい」と願えない。

 

今日(こんにち)、こんなに価値観や生き方が多様化している世の中において、1人ひとりが、誰かに合わせるのではなく、自分が最も輝ける生き方の選択をできる社会にしていきたい。

 

そういう想いが自分の中で湧き上がってきました。

 

自分は大学を卒業した後、ステレオタイプな生き方に人々を縛り付ける、既存の社会システムの枠組みで働きたいと思えませんでした。だったら、自分でつくろう、そう決意しました。

 

社会にないものをつくりたい。ないなら、自分でつくればいい。

 

そのためには、起業だ。自分で社会を変えるような事業を作る。そして、それを大きくしていくことで、みんなが自分の価値観にしたがって生きていける世の中をつくる。

 

それが、これまで将来の夢も目標も持っていなかった1人の大学生が、漠然とですが、社会に対して志を抱いた経緯です。

 

「志(こころざし)」とは、自分の中での葛藤や、社会への不満から芽生えるものだと思います。

 

他の人は気にならないことなのに、なぜか自分だけが気になること、不満に思うことがあれば、それは、自分の中にある価値観が反応しているんです。

 

夢や目標を持ちたいけど、そんな大層なものは自分では持ちえない、と思っている方も、自分や社会に対する不満や葛藤は何かしら持っていると思います。

 

それは、自分が大切にしたい価値観が満たされていないがゆえの葛藤です。もしかしたら、日常のそういう葛藤が、自分の「やりたいこと」を見つけるヒントになるかもしれません。

 

さて、いざ起業しようと思い立った私ですが、これまでは政治経済を勉強する学部にいて、アルバイトでやっていた仕事も家庭教師ぐらい。

 

ビジネスの「ビ」の字も知らない状態でした。

 

当時、大学2年の終わり頃でした。サークルの1つ上の3年生の先輩たちは就職活動に明け暮れていて、そのうちの1人の先輩から「インターンシップ」という制度があることを教えてもらいました。

 

「インターンシップ」とは、「大学生が企業で職業体験をする機会」のことです。そんな制度があることを知った私は、実際に起業している起業家の近くで、ベンチャー企業の社長の近くで働いてみたい、そう思い立ちました。

 

「ベンチャー企業 インターンシップ」というキーワードで検索してみると、そういった機会は関東では東京に多いことが分かりました。

 

当時、大学の近く、茨城のつくば市に住んでいた私は、わざわざ東京まで片道2時間かけて上京。縁あって、東京の恵比寿にあるベンチャー企業でインターンシップをさせて頂けることになりました。

 

これが、私が自分の人生を切り開くために踏み出した、最初の小さな一歩です。

 

わずか数ヶ月前までは、将来の目標など何にも考えていなかった私ですから、いきなり大きなチャレンジはできません。学生の身分で企業で働く、それも、ベンチャー企業という厳しい環境です。面接のときはガチガチに緊張しましたし、本当に自分が食らいついていけるのか、自信はありませんでした。でも、ちょっとした勇気を出して、小さな一歩目を踏み出しました

 

今思えば、あのとき、その一歩を踏み出したからこそ、今の自分のキャリアがあると思います。逆にいうと、あの一歩を踏み出さなければ、自分の人生は全く別のものになっていたはずです。

 

この1つ目のお話でみなさんにお伝えしたいのは、小さな一歩が人生を変える一歩目になるかもしれないということです。人生を変えたり、将来の目標に近づくために、最初から大きな一歩を踏み出す必要はありません。一歩じゃなければ、半歩からでもいいんです。

 

私は、大学を退学してベンチャー企業に飛び込んだり、大学在学中に思い切って起業してしまうような勇気は持ち合わせていませんでした。ただ、大学在学中に、ベンチャー企業で働く経験をしただけです。

 

それでも、その一歩が自分の人生を大きく変えたと、自信を持って言えるのは、どんなに小さな一歩だとしても、方角さえ正しければ、少しずつ目標に近づいていくことができると確信しているからです。

 

人生の大きな一歩の踏み出し方

 

2つ目は、大きな一歩を踏み出す話です。

 

小さな一歩を踏み出して、ベンチャー企業でインターンシップを続けた私は、仕事が楽しくて仕方がなくて、自分が成長している実感がありすぎて、結局、3年生の夏から、卒業するまでの1年半以上、その企業で働き続けました。

 

その後、さらなる成長を求めて、卒業後は株式会社ディー・エヌ・エーという会社に就職。みなさんご存知の、横浜DeNAベイスターズのディー・エヌ・エーです。

 

当時、ディー・エヌ・エーは今のように有名な企業ではなくて、まだまだ小さな会社でしたが、非常な勢いで急成長している会社でした。

 

また、若手にも新しいビジネス、新規事業を任せてくれるというカルチャーに惹かれて入社しました。当時は、自分で会社をつくって事業をやっていく自信はなく、会社に所属しながら、新しい事業をつくる経験を積んでいこうと考えていました。これも小さな一歩の延長です。

 

入社して最初の2年間は、インターンシップで経験した業務をそのまま活かせる部署に配属になりましたが、社会人3年目の4月に、念願かなって新規事業を担当する部署に配属されました。

 

入社前から「新規事業をやりたい」と言っていた自分の意思を、会社が汲んでくれたんだと思います。

 

新規事業の部署に配属になって携わった事業は、結婚式場の口コミサイトでした。今でも自信を持って言えるのですが、本当に素晴らしいサービスです。

 

そのサービスでは、実際にその結婚式場で結婚式を挙げた人の生の評価を、インターネットで確認することを可能にしました。一生に一度しかない結婚式。誰しも、初めての体験です。

 

本当に自分たちカップルにぴったりの式場を選ぶために、口コミ情報というのは今の時代必要不可欠です。

 

実際に結婚式を挙げた人が、近い将来その式場を検討するカップルのために、自分たちの感想や評価をインターネットに投稿する。そして、その情報を参考にして結婚式をあげた人が、さらにその次のカップルのために情報を提供する。そんなペイフォワードが成立するサービスを運営することができ、今でも誇りに思っています。

 

私は、その部署に配属になってから、すぐにその事業に惚れ込みました。まさに、自分が将来の目標として掲げた価値観に合う事業だと気づいたんです。「結婚式場を探しているカップルに、口コミ情報を提供して、それぞれの価値観や個性にふさわしい式場探しをサポートする」。

 

それが、自分が当初抱いていた「1人ひとりが自分の価値観通りに生きる」という想いと重なりました。

 

この事業を成長させることができたら、自分が将来手がけたい事業にとって、大きな自信と経験になるはずだ。ただでさえ、新規事業を担当することができてモチベーションが上がっていた自分ですが、ここに来て一層前のめりに仕事に向かうようになりました。

 

しかし、配属後数ヶ月で、思いもよらない事態が発生しました。

 

せっかく配属になった新規事業が、事業ごとディー・エヌ・エーから独立することになったのです。当時から、ディー・エヌ・エーにはいくつかの子会社がありましたから、最初は、子会社に出向する形で引き続き事業に携われるだろうと思っていました。

 

しかし、そうではありませんでした。

 

その新しい会社に行くためには、ディー・エヌ・エーを退職しなければいけないというのです。つまり、自分が惚れ込んだ事業を担う新会社に退路を断って参加するか、成長が約束されているディー・エヌ・エーに残って惚れ込んだサービスを諦めるかという、究極の選択を迫られた形です。

 

このときは、本当に頭を抱えました。

 

当時、ディー・エヌ・エーは主力事業であるゲーム事業が破竹の勢いで成長していて、だれもが会社が次のステージに邁進していくことを確信していました。一方で、新しく起ち上がる会社はというと、まだまだ僅かな利益しかでていない状況です。

 

普通に考えたら、おそらくディー・エヌ・エーに残る選択をする人が多いだろうと思います。急成長中の会社で働くことは、多くのチャンスがありますし、多くの経験を積むことができるでしょう。

 

同じ会社で働く友人からは「新しい会社はどうせ儲からないからやめとけ」「これからのディー・エヌ・エーは面白いから残ったほうがいい」などと言われました。

 

そして、さらに悪いことに、当時、「口コミサイトは儲からない」というのが定説でした。なぜかというと、口コミサイトでは、施設や飲食店の辛口の評価が掲載されるので、広告の出稿をする際にあまり有難がられない、という見解が主流だったからです。

 

つまり、周囲から見れば、新しい会社に飛び込むことは、ハイリスク・ローリターン。うまくいかないリスクはあるが、それによって得られる果実は乏しい。というものでした。

 

しかし、そんな状況の中で悩んだ結果、私は新しい会社に参加することを決断しました。これが、私が人生で決断した、初めての大きな一歩になりました。

 

ではなぜ、そのようなリスクのある決断をしたのか。

 

1つ目は、世間のいう成功と、自分の幸福は違う

 

もしかしたら、当時のディー・エヌ・エーに残ったら、多くのチャンスに恵まれていたかもしれません。

 

でも、新しい会社で手がける事業は、自分が本当に心から、人生をかけるべきテーマだと確信していました。

 

その道に進まなければ、他にどんな成功を収めたとしても、絶対に後悔するだろうと思ったからです。

 

世間一般の「成功」と、自分の「幸福」は違います。私は、世間一般の見解よりも、自分の信念のほうを優先しました。今でも寸分の後悔もありません。

 

2つ目は、自分で選んだ道を正解にしたいと思ったからです。世の中に、確かなことなど1つとしてありません。

 

未来のことは、誰にも分かりません。世間は、挑戦者に対して冷淡です。

 

まだ証明されていないこと、実現の可能性が低いことに挑戦する挑戦者に対して、高みの見物で批判します。なぜか。そのほうが安全で安心だからです。そのような声に耳を貸す必要はありません。

 

私は「儲からないと世間で言われている事業を、絶対儲かる事業に変えてみせる。そうすることで、この素晴らしいサービスをもっと多くの人に使ってもらうんだ。成功するか失敗するかは、結果が出るまで分からない。だからこそ、自分がそれを証明してみせる。後に振り返って、正しかったと言わせてみせる」。

 

そういう覚悟を持って決断をしました。

 

3つ目の理由は、過去に、小さな一歩を踏み出した経験で芽生えた自信です。

 

私は、突然大きな決断ができるほど勇気のある人間ではありません。むしろ、気が小さくて、不安になりやすい性格です。

 

でも、大学時代に、ちょっとした一歩を踏み出した経験で、ちょっとした自信を持つことができました。

 

「少しぐらい不安なことでも、勇気を出して踏み出したら、意外とうまくいくことがある」

 

そんな成功体験を少しずつ積み上げてくることができました。

 

大きな一歩を踏み出すときに「あともう少しだけ歩幅を広げればいい」とイメージできるぐらいの感触がつかめていたら、もっと大きな勇気を、ちょっとだけ簡単に振り絞ることができるようになりました。

 

このような理由から私はディー・エヌ・エーを退職し、新しい会社に参加することを決意しました。

 

成功と挫折、そして再起

 

3つ目は、成功と挫折、そしてそこからまた起ち上がる話です。

 

2010年10月、今から8年半前、私はディー・エヌ・エーから分社独立した株式会社みんなのウェディングに取締役兼マーケティング部長という肩書で、会社の設立に参加しました。当時、私は26歳。

 

みなさんの年齢からすると結構年上に思えるかもしれませんが、社会人では3年目のひよっ子です。

 

26歳で取締役に就任した私は、最初の1年間、まったく成果を出せずに苦しみました。

 

今思えば当然ですが、社会に出て3年と経っていない若造が、ベンチャー企業の経営をすぐにできるようになるほど、世の中甘くはありません。

 

ただ、会社の成長以上に早いスピードで自分が成長しない限り、事業を伸ばすことなど絶対にできないと考えていました。

 

会社の設立当時、10数名だった組織は、数年で100名を超える規模まで成長しました。

 

ほとんどの社員が自分よりも10歳近く年上で、しかもその社員をマネジメントしなければならない。

 

そんな環境の中で、私は誰よりも働きましたし、誰よりも成長した自信があります。会社設立から3年目には、それまでマーケティング部の部長だった役職が、営業部長も兼務し、その後、事業本部長という大役まで担うようになりました。

 

そして、会社設立から3年半後に、株式会社みんなのウェディングは、東証マザーズに株式上場を果たしました。

 

初年度の売上は3億程度しかなかった会社が、数年で15億。5倍の成長を達成したことになります。当時、私は29歳。馬車馬のように働いて、会社、事業の成長にコミットし続けました。

 

ベンチャー企業にとって「株式上場」とは、大きなマイルストーンです。

 

上場した当時、多くの方から祝福の言葉をいただき、これまでの血の滲むような努力が報われた思いがしました。

 

設立当時は「儲からない」「うまくいかない」と言われていた批判も払拭することができました。

 

ここまでお話すると、当時の私は達成感に満ち溢れていて、自信と意欲がみなぎった状態だったように想像されるかもしれません

 

私自身、上場を目指して努力していたときは、そういう晴れやかな姿を想像したものです。

 

しかし、実際は違いました

 

私は上場を果たして半年後、会社設立から4年後に、働きすぎが原因で、メンタル疾患を患いました。

 

病名は、双極性障害II型という精神疾患です。

 

当時、高い成長目標に向かって、100名近くの部下をマネジメントしながら、文字通り朝から晩まで働いていました。

 

会社設立から4年間の疲労の蓄積もあったと思いますが、まったく働けない状態、会社に足を運ぶことさえできない状態に陥ってしまいました。

 

上場という誰もが認める実績を出してすぐ、精神の病気で働けなくなってしまう。まさにジェットコースターのような体験でした。

 

精神疾患というのは、同じ病気でも人によって症状が異なることがあるそうですが、私の場合はこういう症状でした。

 

まず、吐き気を伴う強烈な頭痛や目まい、動悸や原因不明の不安感や緊張感です。

 

会社で仕事をしようと思ってパソコンに向かっても、体が震えて、キーボードを打つことができません。まさに「働けない」状態でした。

 

病気になった後、私は取締役を退任しました。30歳になったばかりでした。それからというもの、日々の活動としては、自宅と病院や図書館の往復だけ。

 

パソコンを開くだけで激しい頭痛に襲われ、スマホを眺めるだけで目まいがしました。

 

当時の心境は、マザーズに上場したことなどすべて忘れていて「また働けるようになるのか?」「この病気は本当に治るのか?」。自信はすべて喪失して、自分の将来はお先真っ暗。なにも希望を見いだせない日々を過ごしました。

 

これが、私が人生で初めて経験した、成功と、そして挫折です。

 

病気を治すためには、それから約1年ほどかかりました。会社を起ち上げて上場するまでが3年半でしたから、自分としては途方もなく長い時間がかかりました。本当に、今思い出しても辛い日々でしたし、2度と病気にはなりたくないと強く思います。

 

病気体験から得られたこと

 

その一方で、メンタル疾患という大きな挫折を体験しながらも、それから得られたこともありました。

 

1つ目は、「幸せとはなにか」ということへの気付きです。

 

上場したとき、私は達成感こそ感じたものの、幸福感を感じることはできませんでした。

 

上場というのは一つの成果、通過点であって、その後も継続して、高い成長を求められ続けます。

 

上場したから終わり、ではないんです。私は、病気という形で途中退場せざるを得ませんでしたので、上場という通過点において、1つのキャリアに幕を閉じました。

 

どれだけ苦しんで、どれだけ高い目標を達成できたとしても「成功」を実感できるのはほんの一瞬しかありません。

 

病気になってしまっては、その一瞬の刹那的な喜びさえ感じることができませんでした。

 

では、私の努力はすべて無駄だったのでしょうか?

 

そうではありません。病気になってまで上場して初めて、幸福とは、成果や結果ではなく、プロセスそのものであることに気づきました。

 

上場と同時に病気になって、キャリアを失い、自信も失った私ですが、唯一すがることができたのは、私が一心不乱に会社と事業を成長させるために働いたというそのプロセス。

 

一緒に働いたメンバーと過ごした時間。そのプロセスは、自信をもって後悔なく生きた。

 

その意味において、私は病気にこそなりましたが、幸せな時間を過ごすことができていた。そう、強く思いました。

 

幸せは、成果や結果に宿るものではありません。生き方や姿勢、プロセスに宿ります。だから、成功した、失敗した、は2の次です。自分らしく生きようとしていたのか、それに尽きるということに病気をして初めて気づいたのです。

 

病気から得たものの2つ目は、本当の自分です。

 

病気になって当初は、働くことに対して自信を失っていました。

 

また働いたら、病気が再発するんじゃないか。以前のようにバリバリ働くことができるのか、そもそもまた働けるのか。不安しかありませんでした。

 

しかし面白いもので、1年ぐらい経って、少しずつ体調が良くなってくると「楽しく働いていた思い出」を思い出すようになりました。

 

「またチャレンジしたい!」「またベンチャーをつくって、起業したい」。そういう思いが、ワクワクする感情と一緒にまた再燃してきたんです。

 

一度病気になるまで、死ぬ思いで働いたのに「自分はそれでも起業してチャレンジする人生を歩みたいのか」。

 

そう思うと、自分で自分に呆れ返るというか、笑えてきました。

 

「懲りないな、自分は」と。そして、病気になってもこんな思いが湧いてくるなんて、「この気持は本物だな」と信じることができました。

 

病気になって色んな価値観が変わっていきましたが「起業してチャレンジしたい」、これだけは変わらず残っていたんです。これが、本当の自分なんだ、病気を通じて、気づくことができました。
私は病気から回復した3年前、地元福岡で、株式会社YOUTURNという会社を創業し、代表取締役に就任しました。

 

ベンチャー企業をつくり、社会を変える事業を生み出したい。その思いは変わらずに、ただ、もう2度と病気にはなりたくない。そういう思いから、チャレンジと、生活の質の両立をはかるために、福岡で起業しました。

 

主な事業は、東京の優秀な人材にUターン、Iターンで地方移住してもらい、地方の企業で活躍することをサポートする、人材紹介事業を展開しています。

 

また、現在、病気や障害を持つ方々が、企業に就職するための支援事業も起ち上げているところです。

 

株式会社YOUTURNの経営理念は「人生のターニングポイントを創出する」です。

 

人が、自分らしく生きるための人生の転機に寄り添いたい。東京から地方への移住も、病気や障害を持つ人々が企業に就職することも、人生の大きな転機の一つです。大学時代に掲げた人生のテーマと、ベンチャー企業をつくるという志は変わらずに、今でも自分の価値観に正直に自分の人生を歩んでいます。

 

 

一回かぎりの人生を、自分の意思で生きる

 

起業と病気体験から学んだこと。最後にもう1つだけみなさんに共有して、私の話を締めくくろうと思います。

 

人生は一度きりです。

 

いつなんどき、病気や事故で、自分の人生が幕を閉じるか分かりません。

 

だから自分の人生を生きましょう。誰かの価値観ではなく、自分が最大限幸福になれる生き方を、自分の意志で切り開きましょう。何度失敗してもいい。生きている限り、挑戦を続ける限り、チャンスはあります。
私は、大学という場所は、若者にとって、はじめて社会との接点を考える貴重な場所だと思っています。自分の人生は、社会にとってどんな役に立てるのか。自分がやりたいこと、好きなことは、職業としてどんな形で表現できるのか。みなさんは、これから大学生活で学問を通じて自分自身の生き方を考えていくことになります。

 

ぜひ、自分の価値観に従って、自分の意思で、いろんな挑戦をし、困難を乗り越え、そしてそれを共有できる生涯の友をつくってください。

 

みなさんの大学生活が、みなさんの貴重な一回限りの人生にとって、実り多いものになるよう、心から願っています。

 

平成31年4月2日
株式会社YOUTURN
代表取締役 中村 義之

著者プロフィール

中村 義之
株式会社YOUTURN代表。地方のアセットを活かして持続可能なライフスタイルとイノベーションを生みだすための起業インフラを創出中。メイン事業はU・Iターン特化の転職エージェント。地方産業革新の担い手になりたい人材募集中。