飄々としたキャラクター、おどけたポージング。ノリの良い福岡人気質のようでいて、ストイックにサービスを育ててきた敏腕起業家の一面もある……。現在の福岡スタートアップシーンの隆盛を象徴する企業のひとつ、株式会社ヌーラボ代表の橋本 正徳(はしもと まさのり)さんのことです。

 

橋本さんは派遣社員としてプログラマーになり、20代半ばで起業。自社開発したプロジェクト管理ツール『Backlog』や描画ツール『Cacoo』などが世界のユーザーに支持され、ヌーラボは現在では海外3拠点に国内3拠点、合計100名を超える社員が働く企業に成長しました。

 

「働くを楽しくするツール」の提供がヌーラボのミッションだけあって、働き方や起業、移住に関するイベントにも数多く登壇している橋本さん。人口増加の追い風を受けて、加速する福岡のビジネス環境に身を置くこと、ヌーラボ独自のスタンスと福岡の魅力について聞きました。
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福岡に“過剰”な期待を抱いてないか

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▲株式会社ヌーラボ代表取締役 橋本 正徳(はしもと まさのり)さん

 

ーー近年、福岡はスタートアップ都市として認知が高まり、他の都市からの移住者が増えてきた印象があります。長く福岡で活躍している橋本さんは、そのことをどう感じていますか?

 

橋本:福岡にスキルの高いエンジニアや、面白い人が集まってくるのはいいことだと思います。情報交換が活発になるし、勉強会などスキルアップの機会も多くなるし。実際に、日本のIT業界の有名人と、街中で偶然会うなんてことも増えました。でも、福岡に過剰な期待を持って来られるのは、ちょっと困るという思いもありますね。福岡の街が、いつも期待に応えられるわけではないと思うので。

 

ーー過剰な期待とは、具体的には?
橋本:昔から、福岡は「飯がうまい、家賃が安い、女の子がカワイイ」みたいな言われ方をされてきました。そこに、IT界隈が盛り上がっていて、ビジネス的にもうまくいってる……。となると、「福岡に行けば何かオイシイことがあるんじゃないか」と勘違いする人も出てくると思うんですよ。

 

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写真提供:福岡市

 

ーー全国に支社を持つ企業のサラリーマンからは、「福岡は最後の楽園」と呼ばれていたと聞きました。

 

橋本:そうそう。地元でずっと頑張ってきた人たちから見れば、「楽園」を期待して移住されるのは、ちょっとなぁ……。何かをもらえると思って来るのではなくて、積極的に自分から仕掛けて面白いことをしようという人に、来てほしいですよね。

 

ーーヌーラボにも移住を伴う転職をしてくる人が多いと思います。どんな方たちなんですか?
橋本:福岡出身で、東京や大阪で働いていたけど戻るチャンスを伺っていたという人が多いですね。あとは、海外など福岡にゆかりのない人でも、うちのサービスを気に入ってくれて転職してくれるケースが多いです。社員の構成としては全体の6割がエンジニア。エンジニアは学ぶ意欲の高い人が多いから、みんな勉強熱心ですよ。

 

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▲ヌーラボ15周年の時に孫泰蔵さんから贈られた酒樽

 

ーーエンジニアは「楽園」目当てではなく、自己研鑽していると。ちなみに、ヌーラボの採用活動の現状についても教えてください

 

橋本:2年ぐらい前に採用のピークがあって、その頃は少なくとも毎月1人は入社してました。今でも人は随時採用しています。僕の経営に賛同できる人を厳選するのではなくて、一緒に会社の方向性を決められる仲間を募りたい。それがヌーラボの採用方針です。ジム・コリンズの「ビジョナリー・カンパニー」という著作シリーズに書かれているように、「誰をバスに乗せるか」が大事。適切な人をバスに乗せて、不適切な人には降りてもらい、皆がふさわしい席に座れば、自ずと行き先は見えてくるのではないかと思っています。

 

ーー採用活動に難航している企業が多い中で、そのペースはすごいです。

橋本:給与水準が地元ではなくて東京基準なのは、アドバンテージかもしれません。それから、僕らのサービスをすでに使ってくれていて、インターフェースから伝わってくる価値観が好きと言って入社してくれるケースが多いですね。僕らは「働くを楽しくするツール」を提供しているので、実際に楽しいと思って使ってくれるのはとても嬉しいです。

 

ーー橋本さんの起業家としてのユニークさは、そこにあると思います。ご自身と、会社のサービスが持つ雰囲気が似ていて、どこかしらユーモアを感じさせますね。

 

橋本:僕自身が、自分の好き嫌いに対して正直に、事業展開してきたからかもしれませんね。前に一度、利益を生んでいたサービスを、「ヌーラボらしくない」という理由でやめたこともありますし。

 

ーーそこでいう「ヌーラボらしさ」とは何ですか?

 

橋本:コラボレーションサービスになっているかどうか、ですね。考え方が違う人同士が、一緒に何かを成し遂げようとする。その様子が、見ていて気持ちいいなと。昔、演劇をやっていたりした時と同じ感覚です。だからと言って、自分がコラボレーティブな人間かというと、自信ないですけど。

 

ーーそんな橋本さんの考え方を、社員も理解しているんですか?

 

橋本:ありがたいことに、そうみたいです。うちの会社の制度は、ほとんど社員同士でチームを組んで作り上げたものです。行動規範「Nuice Ways」(※)も社内のプロジェクトチームで進めて、僕は内容に口出しを一切してないんです。完成した時に読んで、違和感は全くなかったし、むしろ「ヌーラボらしいな」と思ったぐらいで。

 

※……ヌイスウェイズと読む。ヌイスとは、NulabとNiceを掛けた造語

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自分だけでなく、仲間にとっていいことを

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ーーヌーラボの歩みを見ていると、2013年に受託業務を全てやめて、自社開発のサービスに一本化したことがターニングポイントだと感じました。次の成長のための、痛みを伴う改革だったと思いますが、橋本さんはどのように決断したんでしょうか?

 

橋本:あの時は、辛かったですよ。僕はその頃、代表取締役業をやりつつ、受託開発側の責任者もしていました。経営者としての僕は、受託は切り捨てた方がうまくいくだろうという予感があった。でも現場側の僕からすれば、「お前の部署は役立たずだと社長が言っている」となるわけです。煙突の解体工事のように、自分の足元を自分で壊していく作業で、実際精神を病みましたね(笑)。

 

ーーどう復活したんですか?

 

橋本:誰に言われたか、実在の社員なのか夢の中の出来事かも定かではないんですが、印象に残る言葉をかけられたんです。「橋本さんは、社員の幸せを作る仕事してください」って。その言葉がとても腑に落ちて、気持ちがラクになりました。自分のやるべきことが明確になったんです。

 

ーー素敵なストーリーですね。経営者としての判断を迫られた時、拠り所にしているものはあるんですか?

 

橋本:昔、本をめちゃくちゃ読んでいて、その時仕入れた知識は今でも残っていますね。面白いのが、いろいろあるんですよ。「人はバカになるまで出世する」というピーターの法則とか、「仕事の量は、与えられた時間を使い切るまで膨張する」というパーキンソンの法則とか。こういうのを、チャットツール「Typetalk」で社内向けに流したりしています。

 

ーーなるほど、こういうやりとりを社内でしていれば、橋本さんの経営や事業に対する考え方が浸透していくわけですね。

 

橋本:「これ、どう思う?」と言いながら、遊びの延長でやりとりしてるだけですけどね。僕が考えた独自の理論もあるんです。「組織は些細な物事に対して、不釣り合いなほど重点を置く」という、パーキンソンの凡俗法則を僕なりに発展させたもので。

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橋本:この図を見てください。外側から「WHAT=何をやるか」「HOW=どうやるか」「WHY=なぜやるか」とします。その時、外側の方が、議論が熱くなりがちです。でも実は外側の方が、課題としては小さい。「WHAT」に熱中してしまうあまり、肝心の「WHY」はあまり議論されない。ありがちなことですよね。人の行動とか組織運営の、そんなところが面白いなと思ってます。

 

ーーヌーラボとして、これから福岡でどんな存在になっていきたいですか?

 

橋本:昔、少年ナイフというバンドがあって、海外では有名なのに日本では全然知られていなくて、逆輸入的に日本に紹介されて、すごくカッコよかったんですよね。電気グルーヴもそう。そんな風に、本流というよりは、ちょっとハズしたポジションで存在感を発揮し続けられたらなと思います。

 

ーーでは最後にあらためて、福岡に移住して働こうと考えている人にエールをお願いできますか? 

 

橋本:冒頭に「ラクするつもりで来ちゃダメよ」と厳しいことを言いましたが、生活環境がよく、QOL(Quality of Life)が高いのは福岡の特徴だと思います。プライベートを犠牲にしてまで働こうという人は少ないし、その分やる時は仕事に集中できますし。福岡市ではいま、エンジニアフレンドリーシティという取り組みを始めていて、マインドだけでなく仕組みとしてエンジニアにやさしいまちづくりを進めています。自分のことだけでなく、エンジニアの仲間にとっていいことをしていきたいと思ってる人は、ぜひ来てほしいですね。

 

ーー本日はありがとうございました。
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株式会社ヌーラボ 代表取締役社長

橋本 正徳(はしもと・まさのり)さん

 1976年福岡県生まれ。福岡県立早良高等学校を卒業後、上京。劇団主催や、バンド活動に勤しむ。1998年に福岡に戻り、父親の家業である建築業に携わり、その後広告制作や八百屋を経たのち、派遣会社でプログラマーに転身。2004年、株式会社ヌーラボを立ち上げ、代表取締役に就任。受託開発を主な事業としながら、自社サービスの開発を続け、2006年に「Backlog」をリリース。その後、「Cacco」「Typetalk」などが好評を博し、2013年に事業を自社開発サービスに一本化。また、同年より福岡のクリエイティブの祭典「明星和楽」を立ち上げ、主要メンバーとして活動。福岡のIT・クリエイティブコミュニティの立役者となる。現在、株式会社ヌーラボは上記3つのWebサービスの開発と運用を行い、福岡本社のほか東京、京都、シンガポール、ニューヨーク、アムステルダムを拠点に活動している。

 

企画・編集:日野昌暢・中川紀彦(共に博報堂ケトル)、取材執筆・撮影:佐藤渉

著者プロフィール

YOUTURN編集部
株式会社YOUTURNは、首都圏でキャリアを積んだビジネスパーソンと、福岡で社会課題の解決に挑む企業とのマッチング事業を展開する会社です。スタートアップ都市として芽吹きつつある福岡のベンチャー企業、地場の優良企業への移住転職で、キャリアップとQOLの向上を実現してみませんか?