全国的にリモートワークが進む中、東京と地方の差はどんどん縮まっています。研究と実践を通じ、産業を創出し社会に貢献を目指すReapra Japanの福岡オフィスで働く平田さんは、もともと関東出身。

 

新卒で入社したベネッセで地方配属を希望し、福岡に来たものの「東京で働く友人がどんどん結果を出し、成長していて輝いて見えた」といいます。

 

しかし、東京の企業に転職して数年経ち、自分自身の承認欲求を満たす働き方、周囲の期待に応えるために取り繕って働くことに疑問を抱きました。

 

「他者を犠牲にせず、それでいて自分も長期持続的に幸せになれる方法はなんだろう」と自身と向き合った結果、再び九州に戻ってきた平田さんに、これまでの経緯を聞きました。

 

配属初日にやってしまった大失敗

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ー神奈川県出身の平田さんは、2014年に大学を卒業するまで関東で生活していました。新卒で株式会社ベネッセコーポレーションに入社し、福岡県に配属されます。

 

ベネッセに入ったきっかけは、高校のバレー部の恩師です。自分に本気で向き合ってくれた先生の存在を通して、教育など人の意思決定や節目に関わる仕事がしたいと思いました。

 

ずっと関東に住んでいたので、それ以外の世界を見るため地方勤務を志望しました。当時の人事担当から「平田君はお酒好きだし、熱く話すタイプだから九州に行ってきて」と言われ、初めて九州へ行くことになりました。

 

ーベネッセでは営業をされていたそうですね。

 

はい、学校コンサルティング営業を担当していました。お客様は教育委員会や、中学校・高校の先生、保護者や生徒など。客観的な教育情報を提供するための支援や、先生向けの研修、生徒向けの講演会を行っていました。

 

入社後すぐは、大分県担当だったので、福岡から大分の学校まで運転して行く必要があります。それなのに、免許を取るのが大学卒業ギリギリになってしまって。運転経験がないまま、配属初日に上司を助手席に乗せた運転チェックを受けることになりました。

 

そこの立体駐車場で、アクセルとブレーキを間違えて社用車を破損させてしまったんです。もう自分は最低限のこともできないし、運転できないのに九州に適応できるのかと不安に思いました。

 

それから数ヶ月、教材をキャリーケースに入れて営業先までひたすら歩いていたら、先生たちに相当不思議がられましたね(笑)。正直に「運転チェックに落ちてしまった上に、社用車をぶつけてしまって・・」と話をしたら何故かそれを先生方はすごく面白がり、かわいがってくれました。

 

そこから、こちらが営業しに行くのに迎えに来てくれたり、駅まで送って頂いたりするようになったんです。地方の温かさや先生方の包容力に救われながら、仕事にも打ち込めるようになりました。

 

順風満帆だった半面、感じていた違和感
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ーベネッセを3年半で退職した平田さんは、リクルートグループのindeedに転職します。公募でベネッセの別事業に異動し新しいキャリアを積む選択もあった中、なぜ東京での転職を選んだのでしょうか。

 

理由は大きく二つあって、教育という領域で成長実感を感じづらかったことと、福岡と東京の情報格差やスピード感の違いを、当時は感じていたことです。

 

教育は皆が教育を受けたことがあり、その経験によるそれぞれの考えを持っているため、新しい方向性を打ち立てる際、時間をかけて色んな人の意見を束ねていく必要があります。さらにそれが実現しても、成果が出て受け入れられるまでに、また何年もかかる。

 

日々、自分自身の成長は感じつつも、手触りのある成果を感じることができなかったんです。同時に東京で活躍している大学の同級生などを見て、隣の芝が青く感じるようにもなって。より地域や学校の中で自分ができることや子どもたちの変容を見届けたいと教員になることも模索しました。

 

そんな葛藤を経て、当時は人生100年時代と言われる社会で生き残っていくためには、わかりやすい成果がないとダメなんじゃないかと結論付け、転職するタイミングで東京に行くことにしました。

 

ーindeedへの入社の決め手を教えてください。

 

ベネッセに入った時と同じく、人生の大きな意思決定をサポートすることで、人に喜びや幸せを与えられる仕事がしたいと思いました。教育を受けた人たちが次に意思決定するのは人材領域かなと思い、最初はリクルートに行こうとしていました。もうオファーも頂いている状態だったんですけど。

 

その時やり取りしていた人材紹介会社の方が「同じリクルートグループでindeedという会社が伸びていて、これからHRテクノロジーの領域でリードするだろう」と聞いて、興味本位で話を聞きに行ったのがきっかけです。

 

そこで、リクルートから出向しているセールスディレクターと話しました。当時、私が成長環境に身を置きたいと思ったのは、ベネッセのシェアが圧倒的No.1だったからなんです。

 

それが1%でも減ったら、シェアが下がったと言われる。マーケットリーダーでありつづけるために日夜努力している同僚・先輩の姿を知っていました。その大切さをセールスディレクターも共感してくれました。

 

ただ、立ち返るとこのシェアを争う意味って何なんだろうって。自分は、顧客やマーケットに本当に価値あることを1からやってみたいなと。企業と求職者の意思決定をダイレクトにマッチングするという新たな価値を開拓して行くことにエネルギーを注ぎたいと思い、indeedに入りました。

 

実際は入社後、ベネッセで身につけたスキルがかなり役に立ちました。厳しく育ててもらったことをこのときに身に染みて感謝しました。お客様が何を求めてるかを多段階で考える癖や、緻密な営業戦略の立て方、対話を通じて潜在的なニーズを見つけ出すことなど。

 

顧客である企業の経営課題に入っていくことで、大きな予算を任せてもらえたり、顧客と課題を一緒に言語化することで長期の取引が実現したりして、高単価案件を多く獲得できるようになりました。

 

indeedでも3年半働いたんですが、最終的には社内の複数の賞をいただき、大手企業向けの営業組織の組成やチームリードを任せてもらっていました。

 

ー仕事が順調だったにも関わらず、九州への転職を考えた理由は何ですか。

 

うまくいってる自分自身に対する、葛藤があったんです。金銭的にも不自由なかったし、このまま営業として顧客や社内の期待に応えていけるだろうという自信はありました。

 

その半面、自分がやってきたことを振り返ると、人から承認されたいとか、誰かの期待に応えたいとかいう承認欲求がエネルギー源で、外発的動機でしか動けなくなっていることに気づいたんです。

 

仕事に繋がらないことは無駄だと合理で切り捨て、それ以外の人の内面に触れつながることの豊かさや、自分自身が相手や社会と対話しながら変化していくしなやかさを失っていた。そんな自分に危機感を感じました。

 

仕事は充実していても、外側から自分を見た時、そんなに幸せそうじゃないなと。このままだと、どんどん人生がつまらなくなる感覚があったんです。

 

ーそう考えるようになった、何かきっかけがあったのでしょうか。

 

前職のチームリード時代、突発性難聴や円形脱毛症になった時期がありました。仕事は順調だったのにも関わらず。よくよくその原因を考えたら、会社じゃなくて自分の内面にあるんじゃないかと。

 

ある物事に対してすごくネガティブに捉える人もいれば、逆にポジティブに捉える人もいる。世界に対して、自分自身がどう色眼鏡をかけるかの問題なんですよね。

 

当時の私は、人から何か言われることにすごく過敏になっていました。上司から何か指摘されることを恐れ、部下に対してもなぜできないのか理解できず、性悪説かつ管理型のマネジメントをしていて、短期成果はでましたが長期で顧客価値を創造しつづけるチームができているとは言えなかった。

 

まさに自分さえ良ければそれでいいという発想だったのかもしれません。そこで、長い目でキャリアを見たときに、この自分の色眼鏡を変えるべきだと思ったんです。

 

自分らしい価値観を探すため、再び九州へ

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ー平田さんは「自分を変えるには長期で物事に取り組む環境を変えた方がいい」と考え、九州の仕事を探し始めました。新しいキャリアを、一度は去った九州で築こうと思ったのはなぜですか。

 

新型コロナの影響もありこれからは、世の中の価値観が「東京でわかりやすい成果を出して成功する」以外にも、多様化していくと思いました。

 

自分の幸せの定義を突き詰めるにあたって、地方の方が何か物事に取り組む時間軸も長く取れるし、人と人との繋がりや自然も含めて「豊か」だなと。九州はすごく住みやすいので、環境を変えて新たなキャリアを作るのに最適なエリアだと考えたんです。

 

転職活動中、YOUTURNにも問合せて、キャリアコンサルタントの高尾さんと連絡を取りました。当時はindeedでセールスマネージャーをやっていたので、それに近いスタートアップの福岡拠点の立ち上げなどを紹介して頂いたんですが、どうもしっくり来なくて。

 

経験やスキルを再利用することにあまり興味が持てなかったため、正直に「ピンと来ない」とお伝えしました。すると今度は、コンサルティング会社やスタートアップ支援など、セールスじゃない幅広い求人を探してきてくれたんです。

 

その中で、「平田さんみたいに深く考える、内省的な思考の方に合う会社があります」と紹介されたのがReapra Japanでした。

 

Reapraのオンライン説明会に参加し、衝撃を受けました。話の抽象度が高くて、福岡で何をするかも、会社自体がどんなことしているのかも分からなかったんです。日々、自分自身がわかりやすい、わかった気になることばかりに飛びついていたのかもしれません。

 

とにかく、時間軸が長くて複雑性のあるものを、複雑なままマネージする会社で、世の中のあらゆる変数を取り込んで価値を創造しようとしている、ぐらいしか掴めなかった。

 

これは相当、新鮮だと感じて。特に「起業家の内面変容こそが、事業成長と産業創造に繋がっていく」という話がすごく刺さりました。

 

私自身、世の中の出来事や人の機微をどう認識するかについてすごく考えていた時期だったので、この会社で起業家と向き合いながら、単なるスキルだけじゃない、自分らしい世界の見方を構築していけるのではと思いました。

 

ー今後、平田さんはReapraでどんなことに取り組んでいくのでしょうか。

 

九州を起点として、社会課題に長期で向き合う起業家と一緒に、産業創造の仕事をしていきたいと思っています。

 

地域課題を事業化すると言っても、単にその事業・プロダクトで上場することがゴールではありません。次の世代までサービスが続くことでより豊かな生活が実現できる、そんな企業をいくつも作っていく地方から生まれる産業創造のメッカにしたい。

 

今は、投資先企業の支援をやっているほか、豊かなまちづくりを糸島市と実践・研究していく財団の設立準備や、九州大学との共同研究などに取り組み始めています。

 

どれもスケールが大きく、時間軸がとても長いので想像力がはたらく分だけ、いい意味でどう実現していこうか日々悩んでいます。(苦笑)

 

今後は、東京と地方の二項対立ではなく、もっと多様な幸せの形が個々の内面から湧き出ていく社会になると思うんです。画一的な経済的幸福ではなく、個人がそれぞれの幸せの「色」を持っている社会を、地方から作っていきたい。

 

日本はこれから人口が減少しますし、東京もグローバルな観点で見ると、人口減少しローカル化していくでしょう。今、全国いや世界に先行して社会課題が顕在化して起きているのが地方だと思うんです。

 

そう考えると九州って最先端だし、時代の重心が変わるタイミングを、福岡で先取りしている感覚があります。

 

ーベネッセ時代、東京と福岡のスピード感の違いを感じていた平田さんですが、再び戻ってきてどうですか。

 

今はもう、東京とのギャップは感じないですね。東京に何か大きなものを捨ててきた感覚もないですし。全く違うルールを創ろうとしている感覚です。

 

以前と違い、周囲の期待ではなく自身の内面の声を聞くようにしているのと、オンライン化も進んでいることから、個人的にはどこにいても変わらないと思います。

 

ー最後に、YOUTURNを使った感想を教えてください。

 

代表の中村さんが作る世界観や、高尾さんの対話力がすごく素敵と感じました。移住や転職といった、その瞬間の分岐点で見る意思決定じゃなくて、総合的に「人生とは何か」と問いを立ててくださる方だと思っています。その人の10年後、20年後を考えて対話しているんだなと。

 

彼らも答えを持っていないという前提で、一緒に探求できるのが大きいですね。コーチングや人生相談に近い、対話探求型のエージェントだと思います。

 

執筆後記

 

仕事が順調で評価されている時ほど、周囲に流され自分の内面と向き合うことが難しいのかもしれません。平田さんの場合は、心身が不調を訴えたことから、「世の中を見る視点」を変えることの必要性を感じました。

 

内面を掘り下げ、「できること」より「やりたいこと」を探求した結果、価値観をアップデートできる会社と出会えたのです。これからの人生をどう生きたいか、答えが出ずに迷っているなら、ぜひ一度YOUTURNに相談してみてください。

著者プロフィール

YOUTURN編集部
株式会社YOUTURNは、首都圏でキャリアを積んだビジネスパーソンと、福岡で社会課題の解決に挑む企業とのマッチング事業を展開する会社です。スタートアップ都市として芽吹きつつある福岡のベンチャー企業、地場の優良企業への移住転職で、キャリアップとQOLの向上を実現してみませんか?