長引くコロナ禍が、仕事観や価値観に影響を与えたという声を聞きます。

 

関東から福岡へ移住し、現在は福岡地所株式会社に勤務する坂元さんもその一人です。もともと福岡県内で生まれ育ち、就職を機に福岡を離れた坂元さん。20年以上勤めた宇宙事業のお仕事からのキャリアシフトには、どんな背景があったのでしょうか。

 

転職までの道のりを伺いました。

 

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新卒で飛び込んだ宇宙事業の世界


ーー前職は宇宙に関わるお仕事だったそうですね。

 

手に職をつけたくて、福岡県内の高専で電気・電子や制御工学を学びました。これまで学んだことが活かせて面白そうだったのが宇宙事業を手がける企業で、新卒で入社しました。

 

ーーどんなお仕事を担当されていたのですか。

 

最初は地方拠点で、宇宙関連設備のオペレーションやメンテナンスを担当しました。4年ほどで関東へ転勤になり、それまでメンテナンスしていた設備を開発する側に回りました。開発は約17年担当しましたが、楽しかったですね。メンテナンスの現場で「こうすれば使い勝手がよくなるのに」と感じていたことを開発に反映したり、設計者と直接議論して開発を進めたり。経験を重ねるにつれて職場での信頼が増していくのも嬉しいことでした。

 

ーー順調にキャリアアップしていくなかで、なぜ転職を考えたのですか。

 

職場環境や同僚にはとても恵まれましたが、自分がこれまでの業務の集大成として臨んだ約6年間のプロジェクトが完了した時点で「自分の仕事はやり切った!」という一区切りした気持ちになりました。今後、会社内で異動して新しい仕事に取り組むのであれば、いっそ外に出て、自分のスキルを他のことに活かしてみたいと考えたんです。

 

それまで私が手がけていたのは、サーバーやネットワークといった、情報システムのなかでも「ミッションクリティカル(インフラや金融の基幹システムなど、必要不可欠かつ障害やエラーが許されないこと)」と呼ばれる領域です。これは銀行や交通といった業種との親和性があります。また、コロナ禍で東京一極集中だった世の中が変わりつつありますよね。地方の価値が見直されたことや、高度経済成長時に整備された日本のインフラが今後老朽化していく点も意識しました。「地方創生×デジタル」の切り口で、新しいチャレンジをしたいと思うようになったんです。

 

チャレンジしたかった「まちづくり×DX」が福岡にあった


ーー福岡地所に転職するまでの経緯を聞かせてください。

 

とある転職セミナーで、YOUTURNに参画する前の高尾さん(現・YOUTURN代表取締役)と知り合いました。「転職を考えている」と相談したところ、「まずは大手の転職サイトで、ハイクラスキャリアの情報収集をするのがいいのでは」とアドバイスされ、大手転職サイトに登録しました。紹介されたIT企業を受けてみましたが、私がやりたいこととは少しずれがあると感じていました。

 

ーーYOUTURNとの接点はどんなきっかけでしたか。

 

ちょうどそのころ、高尾さんがYOUTURNの会員向けイベントで福岡地所を紹介していました。「いま福岡地所がアツい」「天神ビッグバンが進行していて、色んな部門で求人がある」と。そのなかに、ITシステム部の求人もありました。

一方で地方創生について調べてみると、内閣府の「スーパーシティ構想」に福岡市も手を挙げていました。デジタルを用いた都市開発です。

 

「私がやりたいのはこれだ」と思いました。スーパーシティ構想を行政だけで進めるのは難しいのだろうし、実現にはディベロッパーとの連携が不可欠です。福岡地所でなら、スーパーシティ構想に参画できるのでは?と考えたんです。すぐに高尾さんに連絡し、福岡地所を紹介してもらいました。

 

その後も何かあるたびに高尾さんに相談しました。高尾さんは一人ひとりの個性や強みを明確にして、常に前向きな言葉をくれます。今回の転職では、本当にお世話になりました。

 

ーー福岡地所への入社の決め手は何でしたか。

 

まず一つは「福岡地所でなら、チャレンジができる」と感じたからです。実際に天神ビッグバンのプロジェクトや、社長が新しいことにどんどん取り組もうとされている話を聞きました。

 

もう一つは「人」ですね。面接でお会いした方々のお人柄に惹かれ、相性のよさを感じました。入社にあたって人事のフォローもきめ細かく、ありがたかったです。

 

ーー転職にあたり、福岡に戻りたいという気持ちはありましたか。

 

結果的に福岡に戻ることにはなりましたが、Uターンすることが転職の目的ではありませんでした。あくまでも、自分のスキルと「やりたいこと」がマッチする場所を探していて、それを叶えられる会社が、福岡地所だったんです。

 

ーー関東から福岡への移住にあたり、ご家族の反応はいかがでしたか。

 

当初、同居する母の反応はあまり芳しくないものでした。母も福岡出身ですが、関東で生活のベースができていたので「戻りたくない」と。ただ、私たちには関東に親族がいません。将来の母の介護を視野に入れると、母が元気なうちに地元の福岡に戻るのがいいよね、という話になったんです。

 

ーー坂元さんご自身は、積み上げたキャリアを大きく変えることに不安はありませんでしたか。

 

不安よりも勢いの方が大きかったですね。逆に「このタイミングで外に出ないと、もう出られなくなるかもしれない」という焦りがありました。勢いで「えい!」と飛び出した感じです。

 

福岡地所での新たな一歩

ーー2022年7月に福岡地所へ入社されました。久しぶりの福岡での生活はいかがですか。

 

快適です。自然が好きなので、山が見える暮らしがとても気に入っています。大分の九重山(くじゅうさん)などの山にも車で2時間ほどあれば行けるし、街自体もコンパクトにまとまっている。都市と自然とのアクセスコストが低いのが魅力ですね。

 

ーー福岡地所ではどんなお仕事をしているのですか。

 

プロジェクトリーダーをしています。福岡地所グループが運営するビルを横串でつなげて、プラットフォーム化することで新しいサービスを作るとともに、ビルのメンテナンスを効率化していくプロジェクトです。「ビルのプラットフォーム化を進めたい」という構想と、デジタル、都市開発がかけ合わさった形ですね。

 

ーープロジェクトの手ごたえはいかがですか。

 

実現したいことのイメージはあるのですが、抽象度が高く、具体的に何をどうやればいいのか思考している段階です。私自身も、不動産業界の仕組みを皆さんから聞いて学びながら進めています。「何か面白いことができたらいいね」という思いのベクトルを合わせ、具体的なアクションにつなげるところからのスタートです。

 

ーー今後、坂元さんが描く未来はどんなものですか。

 

人流データを解析して商業エリアの集客につなげたり、特定のエリア内でのサービスを提供したり。行政のスーパーシティ構想とつなげて、最終的には「地域のセーフティーネット」を作りたいと考えています。

 

例えば日中に一人で家にいる高齢者が、自動運転のモビリティでキャナルシティに移動して、その一角のコミュニティで誰かと交流できるようになるとか、子育て中の人の困りごとをデジタルで共有し、コミュニティ内で助けあうとか。誰もが使いこなせるようなサービスを提供していきたいです。

 
(執筆後記)
 

20年あまりのキャリアをシフトさせるという大きな決断をし、福岡への移住転職を果たした坂元さん。それが実現したのは、確かなスキルと、何よりも「自分がやりたいこと」を大切にしたからこそではないでしょうか。

 

デジタルの力で、福岡のまちはどんな風に変わっていくのか。坂元さんへのインタビューを通じて、楽しみがまたひとつ増えました。

 

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著者プロフィール

YOUTURN編集部
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